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静岡地方裁判所浜松支部 昭和48年(ワ)42号 判決

主文

被告は、原告に対し、別紙目録記載の不動産につき静岡地方法務局浜松支局昭和四七年一〇月二三日受付第五一八五七号、原因昭和四七年一〇月二一日設定、極度額金三〇〇万円、債務者原告、根抵当権者被告とする根抵当権設定及び同法務局昭和四七年一二月一日受付第五九四六六号、原因同年一一月三〇日設定、極度額金二〇〇万円、債務者原告、根抵当権者被告とする根抵当権設定の各登記の抹消登記手続をせよ。

原告の被告に対する、昭和四七年一〇月二一日の消費貸借契約にもとづく金二〇〇万円の債務及び昭和四七年一一月三〇日の消費貸借契約にもとづく金一五〇万円の債務はいずれも存在しないことを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

主文同旨の判決。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第二、主張

一、請求の原因(原告)

(一)原告は被告と次の契約を締結した。

(1)昭和四七年一〇月二一日、極度額を金三〇〇万円、債権の範囲を手形貸付、割引、証書貸付の各取引、手形並びに小切手債権とする継続的与信契約並びに根抵当権設定契約。

(2)昭和四七年一一月三〇日、極度額金二〇〇万円、債権の範囲前同とする前同各契約。

(二)原告は被告から昭和四七年一〇月二一日に金二〇〇万円を、同年一一月三〇日に金一五〇万円を、いずれも返済期日昭和四八年一月一〇日として借り受けた。

(三)被告は別紙目録記載の不動産(以下「本件土地」という)につき前記第一項(1)の根抵当権設定契約にもとづき静岡地方法務局浜松支局に昭和四七年一〇月二三日受付第五一八五七号により根抵当権設定登記をなし、前記第一項(2)の根抵当権設定契約にもとづき同法務局に同年一二月一日受付第五九四六六号により根抵当権設定登記をした。

(四)原告は昭和四六年一〇月一八日、同人に対する静岡家庭裁判所浜松支部の準禁治産宣告の裁判が確定して準禁治産者となり、同日妻訴外内藤とよが保佐人に就職した。

(五)原告が準禁治産者となったのは浪費者と認められたからであるが、原告の親族らは被告に対し右準禁治産宣告の頃、以後被告に迷惑を及ぼすことのないように、「原告が準禁治産者となったから今後金銭を貸付けることがないよう」通告した。

(六)原告は準禁治産者として前記被告との各法律行為をなすには保佐人の同意を要するところ、前記各行為について保佐人の同意を得す、その後被告からの支払い催促により保佐人が右各事実を知った後もその同意を得られなかった。

そこで原告は被告に対し昭和四八年一月二九日付内容証明郵便により前記各法律行為の取消の意思表示をし右は同日被告に到達した。

(七)よって前記各根抵当権設定契約は無効となったから、被告はそれにもとづく各登記の抹消登記手続に協力する義務がある。

(八)また、前記各金銭消費貸借も無効であるから、これにもとづく債務は存在しない。

なお、原告は前記被告からの借受金は全部そのころ賭博に浪費し、いかなる意味においてもその利益は現存していないので償還の義務もない。

(九)以上により原告は被告に対し前記各根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めるため本訴請求に及んだ。

二、請求の原因に対する認否(被告)

請求の原因(一)ないし(四)記載の事実は認める。

同(五)記載の事実は否認する。

同(六)記載の事実のうち、昭和四八年一月二九日付内容証明郵便により取消の意思表示があったことは認め、その余の事実は不知。

同(七)ないし(九)は争う。但し、原告が本件金員を賭博に費消したことは認める。

三、抗弁(被告)

(一)(1)被告は、昭和四六年六月一四日訴外株式会社興商の紹介により原告から浜松市富塚町所在山林、原野約一、三〇〇坪を担保として融資の申込みを受け、登記簿閲覧、現地調査のうえ、同月一七日原告に対し極度額を金一〇〇〇万円とする根抵当権設定契約を締結すると同時に、支払期日を同年八月一五日として金六〇〇万円を貸付けた。

右貸金は同月二一日返済された。

(2)原告は、昭和四七年一〇月二〇日訴外袴田泰治とともに被告会社に来店し、本件土地を担保に金二〇〇万円を至急融資してくれるよう申込んだ。

被告は調査の必要がある旨回答したが、原告は「担保物件が不足するならばそれ以外の土地も担保にしてもよいし、融資金は担保物件以外の土地を金一、〇〇〇万円で売却する手続をしているので、年内に返済可能だから決して迷惑をかけるようなことはないので必らず貸して欲しい」と強く要請した。

そこで被告会社員は原告と同行し担保物件を現地にて確認したところ、市場性もあり、坪当り金三万円、価格金一、四〇〇万円余と評価し、融資の諾否は一〇月二一日に回答する旨伝えた。

そして同月二一日原告が来店したので被告は原告に金二〇〇万円融資することにし、貸付に必要である原告の印鑑証明書と実印の交付を受け、その場で貸付書類を作成し、極度額金三〇〇万円として請求の原因(一)(1)の契約を締結し、二〇〇万円を支払期日昭和四八年一月一〇日として貸付けた。

(3)原告は、昭和四七年一一月二九日再度来店し被告に対し「土地の売渡代金の入金がおくれており必要資金が出来たから金一五〇万円を貸出してほしい」と申込んだので、担保物件を再調査し、可否を翌日返答することとした。

被告において担保物件を再調査したところ、以前となんら変更がないので融資することにし、同月三〇日原告との間で設定済の担保物件に金二〇〇万円の極度額にて請求の原因(一)(2)の契約を締結し、現金一五〇万円を手渡し、支払期日は「年内には土地代金が入金する予定であるが前に借りた金二〇〇万円の支払期日と同じにしてくれ」とのことで一月一〇日とした。

(4)現行民法は準禁治産者を無能力者としているが、不動産登記簿にも記載されず、又印鑑証明書の交付も自由に受けられる法体制のもとにおいて、浪費者である準禁治産者は「能力者タルコトヲ信セシムルタメ詐術ヲ用キ」るだけの知能を具えているのであるから、取引の安全を保護する法の趣旨からいって、詐術とは積極的術策を意味するものではない。原告と被告会社との間には昭和四六年六月一四日より取引があり、その後同年一〇月一八日原告の準禁治産宣告が確定した。

昭和四七年一〇月二一日および同年一一月三〇日の貸付けの際、原告はいずれも準禁治産者であることを秘し単独で法律行為ができるように装って借入れを申込んできた。被告会社は従前の調査だけでなく、再調査及び現地調査までして原告を能力者と誤信し貸付けをなした。右原告の行為は充分人を欺むくに足りる方法であり、詐術にあたるものである。

被告としては能力者なりと誤信していたものであり、原告は、右事情を秘して借入れをなしたもので詐術を用いたことは明らかである。

従って原告は本件各法律行為を取消すことを得ない。

(二)準禁治産者が金員を借り受け浪費した場合、貸主において借主が準禁治産者であることを知り得ない事情があり、そのような風聞もきかず、しかもはじめから賭博のため借りるという事情であれば、利得ありとすべきである。

原告は本件金員を賭博で費消したものであり、抗弁(一)記載のとおり被告は原告を能力者と信じて貸付けたものであるから、不当利得が現存し、原告は被告に対し本件貸金の返還義務を負うから、原告の本訴請求は理由がない。

四、抗弁に対する認否(原告)

抗弁(一)(1)ないし(3)記載の事実は認め、同(4)記載の事実は否認する。

原告側では、前回被告会社の貸付を担当した訴外鈴木清に対し、原告を準禁治産者にしようとしている旨、および将来原告に貸付けないように申入れており、同訴外人において原告への貸付が問題を生ずるおそれのあることを十分予想できたのに拘らず、被告会社は、同訴外人に原告への貸付の適否を確認し、部内調査をなしたうえ、原告への貸付を承諾したものであるから、原告の行為は詐術に該当しないことが明らかである。

同(二)記載の事実のうち、原告が本件金員を賭博で費消したことは認め、その余は争う。

金銭を浪費した場合は利益が現存しない。

第三、証拠<略>

理由

一、請求の原因(一)ないし(三)記載の事実は当事者間に争いがない。

二、<証拠>によれば、原告の妻訴外内藤とよは昭和四六年七月九日静岡家庭裁判所浜松支部に対し、原告が賭博行為に熱中し原告所有の土地を担保として被告や訴外株式会社興商などから合計金二〇〇〇万円位の借財をして賭博行為に浪費していることを理由として原告を準禁治産者とする旨の宣言を求める申立をし、同家庭裁判所は、同年九月二七日右申立人主張の事実を認め、原告を準禁治産者とする旨宣告し、右裁判は同年一〇月一八日確定し妻内藤とよが保佐人に就職したこと(右宣告と保佐人の就職については当事者間に争いがない)が認められ、ほかに右認定に反する証拠はない。

そして請求の原因(一)ないし(三)記載の行為は、民法一二条一項二号三号に該当するところ、成立に争いのない甲第四号証および証人内藤とよの証言によれば右につき保佐人内藤とよの同意を得なかったことが認められ、原告が被告に対し昭和四八年一月二九日内容証明郵便により、請求の原因(一)および(二)記載の各法律行為を、保佐人内藤とよの同意がなく、且つ保佐人が右事実を知った後もその同意を得られなかったことを理由として取消す旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがなく、又成立に争いのない甲第四、第五号証によれば右意思表示は同日被告に到達したことが認められる。

三、そこでまず原告が能力者たることを信ぜしめるため詐術を用いた旨の被告の抗弁について判断する。

抗弁(一)(1)ないし(3)記載の事実は当事者間に争いがない。

被告は右事実をもって原告の行為は充分人を欺むくに足りる方法であり、被告としては原告を能力者なりと誤信して本件法律行為をなしたものであるから民法二〇条の「詐術ヲ用ヰタルトキ」にあたる旨主張する。

しかし前掲甲第七号証、同第八号証の一ないし六、同第九号証、証人山田肇、同内藤勝稔、同内藤とよ、同榊原正直、同鈴木清の各証言によれば、原告が被告から昭和四六年六月一七日金六〇〇万円を借受け全額賭博行為に浪費したことを事後に知った原告の妻内藤とよ、原告の父内藤松太郎、原告の弟内藤勝稔らは、訴外山田肇とともに、右貸付を担当した被告会社浜松支店長鈴木清と右貸金の返済方法について交渉を重ねたが、原告所有の土地を売却処分して被告および訴外株式会社興商に対する貸金債務の返済に充当する方法を講ずる一方、原告の浪費癖に苦慮しこのまゝ放置すれば、すべての財産(当時原告所有の農地は約一町五段うち担保に入っていない農地は約三段五畝)を失うことをおそれ、山田肇の進言に従い、原告を準禁治産者とする法律上の手続をとることにし、同年七月九日前記準禁治産宣告の申立をしたこと、前記原告の家族は同年八月二一日被告に対し借財全額を返済したが、右返済についての交渉の際、山田肇および内藤勝稔より、前記鈴木支店長に対し「原告には準禁治産宣告の申立がしてあるから今後金を貸さないように」伝えたこと、原告は昭和四七年一〇月二一日および同年一一月三〇日の二回にわたり請求の原因(一)(二)記載の各法律行為をなしたが、右貸付に際して担当者である当時の被告浜松支店長榊原正直は、原告よりの申込を受け、担保物件の所有関係や担保価値のみに注意を奪われ、この点について調査する一方、前記貸付を担当した鈴木清に貸付の適否を尋ねたところ、同訴外人から前回は回収できた旨聞き、原告の能力については関心を向けず何らの調査もしないまま原告の申込を承諾して本件各法律行為をなすに至ったことが認められ、証人鈴木清、同大石靖の各証言中には、被告会社では原告を準禁治産者にすることは全く聞いていない旨の供述が存するが、貸付後、返済については原告自身は全く関与せず、原告の家族が被告と交渉し、不動産を処分して返済するなど普通の貸付とはことなる経過があったことは同証人らも認めるところであり、前記供述は前掲各証拠に照らし措信し難く、ほかに右認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで民法二〇条にいう「詐術ヲ用ヰタルトキ」とは、無能力者が能力者であることを誤信させるために、相手方に対し積極的術策を用いた場合に限らず、普通に人を欺くに足りる方法によって相手方の誤信を誘起し、または誤信を強めた場合も含むと解すべきであるが、前記当事者間に争いのない事実に右認定事実を総合すると、原告が被告に対し能力者であることを誤信させるために積極的術策を用いたといえないばかりでなく、被告は本件各法律行為をなすに際しては、原告の提供する土地の所有関係、担保価値にのみ注意を奪われ、前回の貸付後原告について準禁治産宣告の申立がなされたことを知らされており、原告の能力について疑いを抱き得たのにその点には全く関心を向けず、貸付の手続を進め本件各法律行為をなした事実に鑑みれば、原告の言動が原告の能力に関する被告の誤信を誘起し、またはこれを強めたということもできない。

従って無能力者たる原告が、能力者たることを信ぜしめるため詐術を用いたとは認められないから、この点に関する被告の抗弁は理由がない。

四、次に本件貸金については全額利益が原告に現存しているから原告はその償還義務を負う旨の被告の抗弁について判断する。

本件各貸金については原告が全額賭博に浪費したことは当事者間に争いがない。

被告は、借主を無能力者と知り得ない事情がありそのような風聞もきかず、且つはじめから賭博のため借りるのであれば、賭博に浪費しても利益は現存する旨主張するが、民法一二一条但書にいう「其行為ニ因リテ現ニ利益ヲ受クル限度」とは、取消し得べき行為によって事実上得た利得が、そのまゝあるいは形を変えて残存している限度をいい、浪費したときは利益は現存しないというべきであり、従ってその場合には無能力者に返還義務はない。

そして原告が賭博に浪費したことは当事者間に争いがないのであるから、無能力者たる原告に返還義務はないというべきである(なお前記三認定事実に照らせば、被告において少なくとも原告が準禁治産者であることを知らなかった点について過失があるといえるから、被告主張の見解に従っても利得が現存するということはできない)。従ってこの点に関する被告の抗弁も理由がない。

五、以上の次第であるから請求の原因(一)、(二)記載の各法律行為は、前記取消の意思表示により無効となり、又右契約にもとづいてなされた請求原因(三)記載の登記も無効というべきである。

よって被告に対し請求の原因(三)記載の各根抵当権設定登記の抹消登記手続および請求の原因(二)記載の各債務の不存在確認を求める原告の本訴請求は理由があるから、正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

目録

浜松市富塚町字福江平参七八〇番弐九

一、畑 四九九平方メートル

同所参七八〇番壱参

一、畑 壱〇六四平方メートル

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